ゴミ袋のタイガーマスク
小学生の頃、ビニールのゴミ袋を使って
「ビタミン・ヤスイ」という名のオリジナル覆面を作ったことは
以前にも一度書いたのだけれど、
今回はそれと同時期のプロレスネタ、
タイガーマスクの話を書いてみようかと。
というのも、ここ最近、と言うか、昨年あたりから
またまたかなり本格的にプロレスラーのマスクの仕事に
携わるようになっていて、
(そうなると、作業中に古い記憶が蘇ったりもするもので)
今回はそんな流れの中で思い出した
「ゴミ袋のタイガーマスク」の話をひとつ。
★ ★ ★
正体不明の謎の覆面レスラー「ビタミン・ヤスイ」のマスクは
僕が作ったマスク第1号ではなく正確には第2号で、
初めて作ったマスクはタイガーマスクだった。
それは、空前のプロレスブームに湧く80年代前半、
僕が5年生から6年生にかけての頃の話。
ある日、「よし、タイガーマスクを作ってみるか!」と思い立って、
台所や物置から使えそうな材料をかき集めた。
とりあえず、マスクの基本形は
ゴミ袋でなんとかなるだろう、という事で
ゴミ袋を頭に被って
余ったところをセロテープで貼り合わせて、
金色のペイントマーカーで塗装。
あとは厚紙で目や耳を付けて、たてがみは
確か、くしゃくしゃに丸めたティッシュを
両サイドに接着して表現した、と思う。
それは、冷静に眺めてみると「ゴミ袋感」丸出しの
なんとも残念な仕上がりではあったけれど、
覆面を被った時の「圧迫感」というか「孤立感」というか、
なるほど、覆面を被るとこんな気分になるのだな、と、
そういう感覚に対して妙な納得感というか、
リアリティを感じたのを覚えている。
★ ★ ★
そんなある日のこと。
学校に行くと仲間たち数人の人だかりができていた。
なんだろうと近寄っていくと
黄金のマスクがガツン!と目に飛び込んで来た。
「うわ、スゲー!!タイガーマスク!!」
それは、クラスの金持ちの友達が
親に買ってもらった「本物の」タイガーマスクだった。
当時は、マンガ雑誌の通販広告で
タイガーマスクやマスカラスなんかの覆面がよく売られていたけれど、
彼が持ってきたマスクは
そんなパーティーグッズみたいに安っぽいマスクとは違って
「本物のマスク職人が作る本物のマスク」だった。
彼は、プロレス専門誌の後ろの方に小さく載っていた
本物マスクの工房に現金書留を送って、
数万円もする「選手本人仕様のマスク」を購入したのだった。
マスクに興味の無い人…と言うか、良識をお持ちの大人の方には
「そんなの、どっちも同じようなモンだろ」と思われるかもしれないけど、
本物のマスクってのは素材や縫製が根本的に違っていて
(当然、価格も大幅に違っていて)
「高価なもの」としてのオーラを放っていることは
子供の目にも明らかだった。
そのマスクは、机の上に置いてみると
クシャッと潰れることなく
丸い形をキープしたまま置くことができ、
雰囲気的には布キレの覆面というより
柔軟性と硬質感を併せ持った革製のヘルメットのような印象だった。
スゲー…
僕たちはしばしため息をつきながら
うっとりとそのマスクを眺めた。
それは「学校」という日常空間の空気を
ブッ壊すほどインパクトだった。
いろんなモノを「見る」という経験が
圧倒的に乏しかった(であろう)小学生の僕には
そのマスクはあまりにも眩しすぎて、
「神々しい」と表現しても決して言い過ぎではなかったと思う。
「そうか… あの小林邦昭は、こんなに高そうなマスクを
毎週ビリビリ破いているのか…」
と、悪役レスラーがテレビ中継で行なう「お馴染みの悪行」に対しても、
本物マスクと対面する事で改めてリアルに憤慨したりもした。
そして、ある程度冷静になった頃、
僕は例の「ゴミ袋のタイガーマスク」の事をふと思い出した。
今の今まで、「あのマスクをクラスの友達に見せたら
さぞかし驚くだろうな」と思っていたのだけれど、
さすがにこの流れの中では
あのゴミ袋マスクは学校に持ってこない方が良いだろう、と、
一人で勝手に恥ずかしい気持ちになったのだった…。
★ ★ ★

後々、マスクのことを研究して
プロが使用するマスクを自分でも作るようになってから、
当時のタイガーマスクってのは
本当に良く出来たマスクだったのだ、という事に改めて気がついた。
布のベースに対して本革製の模様がまるで「骨組み」のように
マスク全体に張りを与える構造でできている事。
ラメ生地とエナメル革とボア生地の「異素材」が一体となった素材感。
キャラクターの足跡にさらに深みを感じさせると共に、
造形的な試行錯誤の痕跡に勉強させられる部分も大きい
様々なマスクバリエーション。
…それはあらゆる面で本当に「良くできた」覆面だったのだ。
★ ★ ★
今もプロレスマスクを作る時には、
たまにあの時の、学校で見せてもらったタイガーマスクの事を思い出す。
そして,同時にゴミ袋のタイガーマスクの事も思い出す。
もしかしたら、あの時に見た「本物のタイガーマスク」は、
今見たらそんなに大袈裟に言うほど出来が良いものでは無いのかもしれない。
でも、脳内で美化されて鮮やかな印象として残っている
あのタイガーマスクのイメージこそが、
僕にとって大きな「基準」になっている事は確かだ。
あんな風に、日常のまったりした空気をブッ壊すようなマスクが作りたい。
そして、同時に「ゴミ袋のタイガーマスク」の精神も忘れずにいたいなぁ…と、
こんな風にまとめるとちょっとカッコ良すぎかもしれないけれど、
まぁ、そんな事を思いながらミシンを踏む日々なのでした。
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まずは右に並ぶ画像を見ていただきたい。
十分伝わると思うのだけど、
今回、京都市内に新設されたギャラリーで
紙工作を作り続けてきた、という話だった。
山にこもって紙工作を作っている姿を想像して、
僕は工作好きだった祖父の事を
写真などの資料を見ながら作ったのではなく、
特に、戦時中(ご自身が13〜14歳の頃)に
精密に作れるのかを聞いてみると、ご自身は
話を聞いていると、達人の脳内では
話を聞けば聞くほど
プラモデルの名人や造形のプロでも
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